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2010/10/30

J1第28節 名古屋vs.C大阪 次も勝〜つ!! by 楢崎

午前中の所用が長引いて、尾張旭を出発したのは試合開始を30分後に控えた12時半。
予定では、昼前に出発できるはずだったのに・・・という泣き言を飲み込んで名古屋インターへと車を走らせる。
豊田ICのゲートをくぐり抜ける頃には、キックオフのホイッスルが鳴っていた。半泣きで市街地に向かい車を駐車場に放り込んで、タクシー乗り場に向かい「豊田スタジアム!」。
スタジアムの駐車エリアに乗り入れると聞き慣れたグランパスのチームチャントが聞こえてくる。もう、気持ちはかなり焦りまくり、半身を車外に出し「釣りはいらない」と言おうと思ったが、料金が丁度1000円で釣りはなかった(笑)。
まずは、カラッポのファンクラブブースでステッカーをゲットしゴール裏に向かう。
座席を確保していてくれるゆーこさんを探し出し、挨拶もそこそこにオーロラビジョンを見るとすでにグランパスに得点が。「誰が入れたの?」と聞くとゆーこさんの息子のナオキが「ケネディー、PK」と手短に答えてくれた。

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この試合、なぜだか前半でありながらサポーターの方向にグランパスが攻めている。なんとなく後半を観戦しているような違和感を抱きつつユニを着用し、タオマフを首に巻き本格観戦モードに。
闘莉王、金崎というレギュラーが故障による欠場で試合内容が危惧されていたが、それほど危機感を抱かせる訳でもなく無難な試合運びをしているように見える。やはり中村直志、ダニルソンの守備が効果的。しかし、いつものようにダニルソンはボール運びの第一歩に難がある。せっかく阻止した相手の攻撃から切り替えのチャンスを失うこと数度。これさえなければ、ダニルソンはスーパプレーヤーになれるんじゃないだろうか。

後半は全体的にセレッソのペースに見える。特に残り時間が気になる時間帯からは、セレッソの波状攻撃に守勢に回らざるを得ない。
この、危機的な状況を楢崎が何度も片手で救う。相手の放つシュートを寸分違わぬタイミングでジャンプし、ゴールに向かい一直線にやってくるボールのコースを枠外のそれにしてしまう。楢崎のプレーを見ていると現日本代表のGK達のプレーが稚拙に見えるのだ。

主審の手首でロスタイムのカウントダウンが始まっているはずなのだが、なかなか試合の終了を告げる笛が鳴らない。選手達は上手に時間を使いサイドライン際でのプレーを選択しているにもかかわらずベンチのストイコビッチ監督はもっと攻撃しろとばかりの身振りに苦笑い。その身振りがガッツポーズに変わるとスタジアムは大歓声に包まれた。

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この結果、累積の勝ち点は60に。
優勝ラインとされる勝ち点70が見えてきた。
今節のC大阪戦、次節の鹿島戦では苦戦もやむなしと言われていた試合での勝ち点3はとても大きい。
勝ち点3を得た選手達をリスペクトせざるを得ない。ここでエラソウに観戦記を書いている「今日の試合、台風で延期になればいいな」と弱気なサポとは大違いだ。

試合終了後、サポーターに挨拶する選手の中に、故障で欠場の背番号4と25が見える。まさかユニ姿で待機か・・・と思いきや、背番号4は巻、背番号25は花井らしい。
巻は、しきりに闘莉王の物まねをしてはしゃぎ回る。スタジアム内は爆笑でグランパスというチームの雰囲気の良さを再確認させてくれた。まったく巻にはFWというポジションではなくEB(エンカイブチョウ)というポジションを与えてあげたい。
そして、メインスタンド前のベンチには私服姿の闘莉王の姿も見える。闘莉王も巻の姿に大笑い&大喜びなんだけど、飛び跳ねて喜んでも大丈夫なのかね?

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勝利インタビューは、スーパーセーブ連発の楢崎。インタビューの最後に力強く、めちゃくちゃ力強く「次も勝つ!!」。
ゴール裏は最高潮の盛り上がりを見せ" 楢崎正剛ぉ〜 俺らの誇り 代わりはいない お前が一番 そうさ名古屋の守護神" と楢崎チャントの大合唱。
思わず泣きそうになるほどグランパスの優勝を確信。


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2010/10/18

Travel of repose to Okinawa

カミさんが、今の職場に勤めだしてから5年。
今回、リフレッシュ休暇というものが頂けるということで「それならばリフレッシュしようじゃないか」と、私も休みを取って日常から離れることにした。
リフレッシュ=温泉という安易な考えしか持たぬ我が夫婦、温泉地を含むコースをあれこれと考え、九州の黒川温泉、指宿温泉などを含むツアーを申し込んだ。
ところが催行まで二週間ほどになって「参加者が集まらないので、中止とします」と一方的な通告をしたためた封書が届いた。
「さあ、どうする!」だ。
カミさんは、慌てふためき近所の旅行社に行って、手当たり次第パンフレットを持ち帰り、私はネットでツアーを探す。九州でも違ったルートのツアーはないか・・・とか、東北はどうだ・・・とか、いっその事海外に行こう・・・など、侃々諤々の半ば喧嘩状態と言えなくもないやりとりの末、目的地は沖縄、と決まった。

私の沖縄遍歴は、30年前に途切れたままで、浦島太郎状態であるが、カミさんは5〜6度の渡沖経験あり。ということで、旅の主導権はカミさんのもの。コースやら宿泊するホテルもすべてカミさんの設定により、私に与えられた役割はレンタカーの運転手ということになった。
まず、那覇空港に着きレンタカー会社のバスに揺られ営業所に向かい、一通りの説明の後北上開始。
カミさんの説明によれば「那覇はスルー」らしい。

北谷まで国道58号線で北上し、美浜アメリカンビレッジというところで昼食。

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本来なら、ここで絶品アボカドバーガーなるものを食す予定だったのだが「アボカドがないんですよ〜」という店員のヒトコトであえなく撃沈。周りにあるアメリカンな店をのぞいたり、沖縄ミヤゲをあさったりした後、再び北上開始。

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恩納村に入り、万座毛を見学して、さらに国道58号線を北に向かう。
名護で海沿いの道に別れを告げ、半島を横断し大宜味村まで辿り着いたところで、道の駅で休憩。
ここまでくれば、目的の宿は目と鼻の先だ。
湾曲した海沿いの道の先に、白砂のビーチが遠目に見えた来た。
「あのあたりがオクマビーチだよ」とカミさんが教えてくれた。そのビーチの中程に「JALプライベートリゾートオクマ」はあった。

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広大な敷地に点在するコテージは、プライベートリゾートの名に恥じぬロケーションと規模で私たちを迎えてくれた。早速チェックインを済ませ、ジーンズとロンTという旅装からハーフパンツとTシャツに着替えて目の前に広がるビーチを散策する。雲の多い空模様では息をのむようなサンセットは望めそうにないが、足下のビーチの透明度は感嘆に値する。
この手のリゾートホテルでは珍しい大浴場で汗を流した後、すでに予約してあった「鉄板焼 阿檀」で山海の食材を楽しむ。
最近になってようやく苦手だった「ゴーヤ」を克服したと思っていた私だったが、本場の「ゴーヤ」には降参だ。本土で食べるヤツとは手強さが格段に異なる。ひとくち囓っただけでカミさんの取り皿に移動だ。

一夜が明け、早朝の散歩を楽しんでから朝食を食べるためにレストランに向かうと、どこにこんなに人が居たのだろう・・・と思うほどの宿泊客。ここでもプライベートリゾートの実力を垣間見た気がする。

カミさんが「すごい橋がある」という古宇利島に行くことにした。
北部のヤンバルと呼ばれる地域から名護に差し掛かる手前に屋我地島という島があり、その沖合に浮かぶ小島なのだが、その島への交通手段として造られた古宇利大橋は全長1960メートルの沖縄で一番長い橋ということだ。

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橋の先にある古宇利島も海岸の水の透明度は高く、思わず写真を撮りまくってしまう。
ところが、もっとすごい場所が近くにあるという。それも「超」が付くほどの観光地に。ということで今度はそのビーチに移動することにした。

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それが上の写真の海岸。
「もう何も言うことはありません」というほどの美しさで、しばらくはその場所でボ〜ッとしていたほど。遠くに特徴的なシルエットの伊江島を望むこのビーチは、美ら海水族館のすぐ横にある「エメラルドビーチ」という場所。
まあ、ここまで来て世界最大級の大水槽を鑑賞しない手はないので、水族館に入館。

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水族館を出ると、昼飯どきになっていたので、二泊目の宿に向かう途中にあった沖縄ソバの店に入る。
ソバともうどんともつかぬ麵状のものをすすりながら、なぜ30年も沖縄に来なかったのかと云うことに思いが至る。それは、食べ物がマズイから・・・としかいいようがない。
昨今の沖縄人気で沖縄の食はだいぶん改善されたとは思うが、私個人の偏見まじりの私感でいえば、沖縄ソバもテビチも海ブドウも、ちんすこうもそしてゴーヤも旨くない。
そんな訳で、もう食べないぞっと店を出て、となりにあるスイーツの店でぜんざいを食べる。う〜ん、これもアカン。

手にした沖縄のガイドブックの背表紙やレンタカー会社で貰った観光案内に掲載されていたシルバー製品を扱う店が気になっていた。恩納村に本店のあるGrandblueは目的のホテル間近にあった。沖縄古来の織物であるミンサー織をモチーフにした製品は、なぜだか心奪われる製品だ。店に入るなり「本に載っていたリングを見せて」とお願いし、ソッコウでペアリングを購入。カミさんも気に入ったようでピアスとネックレスを同じパターンで購入。

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二泊目は、ルネッサンスリゾートオキナワに投宿。一泊目のオクマが大人のリゾートホテルならこちらはファミリー向けといったところか。
キッズプログラムなどのファミリー向けイベントも多く催されており、子供たちも飽きることなく遊べそう。当初は近くにある居酒屋的な場所で夕食を摂ろうかと考えていたが、ホテル内のレストランで無理を聞いて貰いメニューにない料理を作っていただき、それに満足し低迷状態に陥る。

預けてあるワンコを迎えに行く関係で、午前の便で帰路につくが、その帰路の途中で来年も来てもイイネ、という話が持ち上がる。それも一族郎党引き連れてだ・・・。

カミさんは、帰ってくるなり金融機関に勤める娘に定期預金契約を頼んでおった。


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豊田商店 まかない明太子

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先日届いた豊田商店の「まかない明太子」。
もともと娘夫婦がTV(日本テレビ系のDON!)番組で見た商品らしい。
それをネット通販で頼んで欲しい・・・ということで、ついでに我が家の分も発注とあいなったわけだ。

基本的には明太子をほぐし、そこに青唐辛子を混ぜ合わせただけのものらしいが、これが旨い。
炊きたてのアツアツご飯にのせて食べると、文字通り何杯でも食べることができそうだ。

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さすが大阪のコリアンタウンと呼ばれる鶴橋で生み出されただけあって、本格的な味で、風味はチャンジャのそれに近い。もちろん食感は大きく異なるが、ご飯とのマッチはこのまかない明太子のほうが優れているかも知れない。

ここしばらくは多めにご飯を炊かなければならぬ様相である。


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2010/10/03

J1第25節 名古屋vs.仙台 おがわ、オガワ、小川

お〜、おがわ〜、さあ行こう。  お〜、おがわ〜、決ーめてやれ。
オガワ! オガワ! オガワ! オガワ! オガワ! オガワ!
試合終了間近の時間帯、13000人を収容した瑞穂スタジアムを揺るがすオガワコール。
スタジアムの中にいる人のほとんどが待ち望んだ小川の今季初ゴールが勝利を決定づける場面で飛び出した。
試合開始前にリーグ戦100試合出場で金崎と共に表彰された小川。

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ただ、小川が着るのはスターティングイレブンを示すユニフォームではなく、サブを表す練習着だった。しかしここのところ、サブで登場するとピッチを縦横に走り回りスペースを作る動きをしたり、時にはシュートを打つなどの積極的な動きも見えるようになってきた。この日も後半にマギヌンと入れ替わりに登場すると何かを誓うように寡黙な感じで右サイドの定位置に向かった。

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前半にベガルタ仙台に先行を許したものの、後半になりケネディーのPKにより同点に追いついていた場面で登場した小川の胸中はどんなだったのだろうか。
小川が投入された数分後に、FWの玉田に替え投入されたDFの千代反田がCBの位置に向かう。それまでCBの役を担った闘莉王が前線に加わる。パワープレーの体制が整った状態から数分後、小川は田中隼磨からボールを受け取ると右サイドにフリーの位置で待ち構える闘莉王にボールを預けると全力でゴールに向かい走り出す。そこへ闘莉王からの絶妙の折り返しが小川の目の前に来た。ジャンピングしてのヘッディングで今シーズンの初ゴールを決めた小川は、真っ先にゴール裏のサポーター席に向かい走り出すと、冒頭のオガワコールに繋がったという訳だ。

その数刻後、レフリーのホイッスルが試合終了を告げると、再び怒濤のオガワコール。

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その中をピッチ上の選手のみならず、ベンチから飛び出してくる選手達からも手荒い祝福を受ける小川は涙ぐんでいるようにも見える。スタンドでオガワコールを繰り返すサポーターの目にも涙が見える。小川自身にとっても忘れることの出来ないゴールだったろうが、同僚の選手やサポにとっても小川の復活を告げるゴールに映ったに違いない。

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試合後、ゴール裏に挨拶に向かう選手達と別れ、TV用のインタビューのためメインスタンドに向かう小川の表情も何か吹っ切れたようで「今後に期待してもいいのだな、小川」と声を掛けたくなるようなそれだった。

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そして、インタビューが始まる直前、勝利インタビューを終えたばかりのストイコビッチ監督からもチャチャを入れられイジラレる小川は、皆から好かれ、皆から期待されている選手なのだとわかる。
喜びのインタビューを終え、ひとりバックスタンドに向かい走る小川の後ろ姿は6月の試合で見た、サポーターから激励もブーイングすらももらえない小川のそれとは全くの別人で、まるで前方に優勝というものが見えるように顔が上を向いていたのが印象的だった。

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