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March 30, 2011

プレイリスト

東日本の太平洋岸を未曾有の災禍が襲って20日あまり。日本国内のみならず、全世界から援助の手がさしのべられ、被災地は復興への第一歩を歩み始めた。
一言で復興とは言うが、映像だけを見てもこれからの復興への道のりの長さを考えると気が遠くなるほどだ。おそらく現地を見れば、その長さは悠久とも思えるかも知れない。
いま現在は、被災地の現状や不安を抱える原子力発電所などニュースソースとしてマスメディア的にはトップランクに挙げることができるため連日のように世界にむけて発信されているが、おそらく、いや確実に新聞の片隅にも載らなくなる日がやってくる、間違いなく。
多分、そうなった時にも被災地は復興への道のりの半ばにあると思う。まだまだ金銭的にも物質的にも援助が必要な状況にあるといった状態に違いない。
日々あらたな出来事が発生する現代では、それもやむを得ないと言えるかも知れないが、日本のある部分で生活に窮している多くの人たちがいるにもかかわらず、国民の耳目が完全に東日本から逃れてしまってはいけないと思う。
とは言いながら、私自身もおそらく数ヶ月もして、新聞紙上から災禍の情報が消え失せたとき、彼の地に困っている多くの人々の存在を忘れてしまうに違いない。
しかしながら、現在はブームとも思えるような爆発的なパワーをもつ救いの手もその勢いを急激に萎えさせることなく、細々とでも末永く続けなければ意味がない。
震災直後から現在までの日本の力は素晴らしいものがあった。団結の力、思いやりの力、道路やライフラインなどの復旧に関する物理的な力。それらは世界から驚嘆とともに讃えられ、日本の中でも「素晴らしい日本」に対する声が絶え間ない。
たしかにここ暫くは、力が必要な時間帯だと思うが、その後には力に入れ替わり継続が必要なときがやってくる。マスメディアが取り上げなければ忘れがちと言うことになれば、渦中にいるとか、心の中に深く焼き付けられた人以外は、比較的簡単に忘却してしまうだろう。残念ながら私自身も簡単に忘却・・・の中のひとりであることは間違いなく、日本国民の大多数もそうであると思う。

そこで、まったく「ごまめのはぎしり」的発想ではあるが、iTunesに震災応援ソングというプレイリストを作ってみた。

Playlist

中身は何のことはない自分のミュージックライブラリの中から応援ソングとして適しそうな曲を集めただけのものであるが、大切なのは MacやiPhoneで音楽を聴こうとするたび、そのふたつをシンクロさせようとする度に、プレイリストの中に応援ソングのリストがあるという事実。
何年か経ったときにもリストの中の曲を入れ替えたりできるようなら、なおさら記憶を引き戻してくれると思う。たったひとりが忘れずにいてもどうなるのだと言われれば実も蓋もないが、義援金を出し続けることもままならず、なにが出来るのかと問われたときにせめて「忘れないこと」と言える自分でいたい。
そして、そう遠くない将来に、夫婦での旅行でもいいし、東北の渓流への釣行でもいい、はたまた応援するサッカーチームの仙台アウェー観戦でもなんでもいいが、東北へ出かけ、地元の人と「大変でしたね〜」と笑顔で話すことを直近の夢としたいものだ。

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March 25, 2011

facebookに写真をアップロードする

facebookというsocial tool、登録して使っているものの、よく判らない部分が多い。
特にディレクトリ構造とかリンクとかはチンプンカンプン。
なんとか写真のアップロードだけは覚えて、面白がりながらアップロードを繰り返している。
そんな今日、友人からfacebookへの写真アップロードについて聞かれた。
多分いろいろな方法があって、個人で方法は異なると思うけど、我流ながらなんとかアップロード出来た私の方法を紹介したい。

1.アルバムを作ってその中に写真をアップロードする

1-1 まず facebookのホーム画面の上部にあるニュースフィードと書かれた場所の下に、シェアする項目として「近況」「写真」「リンク」「動画」というリンク項目があるので、その中から「写真」をクリックする。

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1-2 そうすると写真をどのようにアップロードするかというボックスが開くので、カテゴリ分けしておいた方が整理しやすいので「アルバムを作成」をクリック。

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1-3 そこで「写真を選択する」ボタンを押して出てくるリストの中から同じカテゴリの写真を選び(1枚でも複数枚でも可)「開く」ボタンをクリック。

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1-4 アップロードが始まるので、この間にアルバムを作成しましょうの指示通り、デフォルトで日付になっている部分に好きなアルバム名を入力。別にアップロードが終わっても構わないのでアセル必要はなし。入力できたらアルバムを作成ボタンをクリック。

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1-5 アップロードができると下図のような写真ごとにコメントを入力するボックスが開くので、コメントを入力する場合は入力し(コメントは入力しなくてもOK。後からでも入力できる)「変更を保存」をクリック。

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1-6 最後に公開をクリックすれば作業終了。

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2.すでにアルバムがある場合は、アルバムを開いてそのアルバムに写真をアップロードする。

2-1 自分のプロフィール画面の左側リストボックスから写真をクリックして選択する。

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2-2 マイアルバムの中から新しい写真をアップロードしたいアルバムをクリックして開き、開いたアルバムの右上にある「写真を追加」をクリックして写真をアップロードする。

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2-3 写真のアップロードは前述の 1-3から1-6までと同様。

こんな解説で無事アップロード出来るか、はなはだ疑問ではありますが、とりあえずは現在のワタクシの方法をご紹介しました。


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March 24, 2011

昨日のランチ 鎌倉パスタ 春日井市

何日か前、テレビで「SP」という番組を見た。
けっこう一生懸命見ていたら、続編は映画で・・・的な終わり方。
もう映画を観に行くしかないっしょ!というフジテレビの戦略に見事にハマってしまい、昨日の午前中は映画鑑賞となった。映画の内容は敢えて書かないが、伏線を張り巡らし、疑問符だらけの終わり方からして、次もフジテレビの戦略にハマるしかないなと覚悟を決めて映画館を出た。

その足で、春日井市の鎌倉パスタという店でランチを食べた。
カミさんの誕生日がちかく、店から送られてきたDMの特別セットという奴を食べるために・・・。

オードブルからはじまって、パスタ、ピッツアというおきまりのオース。

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オードブルを食べながら映画のことを話したり、週末に予定のある温泉ランチのことを話しているとパスタが運ばれてきた。

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オレが選んだのは「伊勢エビソースのパスタ」。
コレが旨かった。ソースアメリケーヌっていうんですかね、海老のエキスがぎっしり詰まったソースにプリプリの海老のトッピング。こういうの好きなんだなぁ。
クリームソースのパスタを頼んだカミさんから少し奪いながら「うん、こっちのが旨い」と再確認を何度もしながら食べた。

あとは、小さめのピッツア。
これも選ぶことができて、チキンのマヨネーズソースというのを頼んだんだけど、これもイケル。
かなり満足しつつ、ドルチェっていうんですかね、デザートを食べていると、次回の割引券として500円の金券2枚がもらえた。

こちらの鎌倉パスタでも店の戦略にハマるしかないなと次回来店の覚悟を決めて店を出たというわけで、覚悟だらけの休日。

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トルコ料理 Taxim 名古屋市東区 

地元のテレビ局、中京テレビが運営するクーポン共同購入サイトチュ〜ポンは、地元東海地方に特化した情報をクーポン共同購入サイトだ。
少し前に、そのチュ〜ポンでおいしそうなトルコ料理の店が紹介されていたのでチケットをゲットしておいた。
それが今回紹介するTaxim (タクシム)だ。
石窯を使ったトルコ料理&イタリアンが楽しめるオシャレな隠れ家【5,980円コースが2,900円!】というもので、内容を見るとコース料理のほかにアルコールが飲み放題でこの値段。
かなりお得な値段につられたというわけだ。

当日は、ト〜ゼンながら車を運転して・・・などという訳にはいかない。
都市間高速バスというヤツを利用して、濃尾平野のすみっこからエッチラオッチラと都会に出た。
少し時間があったので、栄のオアシス21でお茶を飲んだり買い物をしたりして時間を潰してから、徒歩で東区東桜の店まで向かう。
といってものんびり歩いても10分足らず、目的の店は大通を少し入った場所にカクレガ的たたずまいで営業していた。
扉を開けて店に入ると、そこは異国。
匂いも装飾も異国のそれで、トルコ〜!!って感じで我々を迎えてくれた。

プリントアウトしたチケットを見せると、チュ〜ポンですね〜、とすでに何組かを迎えた気安さで席に通された。店によってはクーポンを見せると「ナニコレ」みたいにプリントアウトした紙の裏表をマジマジと見られる見せもあるのだが、そんな気まずさもなくてイイ。

まずはオレはビール、カミさんはワインを注文して「元を取るゾ!」モードに突入(笑)。
そこへ出てきたのがラグビーボールのような物体。
「げっ、なんだこりゃ」と聞いてみれば「パンだ」と言う。


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確かに横にチョンと添えられたバターがあるので、判らないでもないが、それにしてもデカイ。
と思っていると「石窯で焼いたパンなので膨らんでいるんですよ〜」と優しいアドバイス。
ナイフを入れるとラグビーボールがパンクした。まるでインド料理のナンが膨らんだ感じで、ちぎって食べるとみるみるなくなっていく。表面のゴマの風味が香ばしく食べやすい。

次いでテーブルに載ったのは、イタリアンで言うアンティパストか。ポテトサラダ風のものと緑色の豆のペースト、ピリ辛の赤いペースト。これらは石窯焼きのパンとともに食べるとうまい。

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次は、なんと言えばよいのかチキンと野菜のトマト煮込みをクレープ生地で包んでチーズをのせオーブンで焼いた感じの料理。名前は知らないが如何にも旨そうな見た目の料理。

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店内が暗いので、iPhoneでは綺麗に写真が撮れないのがもどかしい。そのあとにパスタが出てきたが、すでにアルコールが身体を巡り写真撮影を失念。(本当は両隣の女子大生風グループの話に聞き耳をたてていたため忘れたんだけどね)

メインはチキンの塩竃。
電話で予約をしたときに「肉か魚かどちらにします?」と聞かれたので「肉、にく、ニク」と答えた記憶がある。
ワゴンに乗って出てきたメインディッシュは、大袈裟かと思うくらいにデカク、岩石かと思う容貌。それが炎を上げて登場した。シェフが「割りますね」というので、おまかせして眺めていた。

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斧のようなナイフを、ガッ!ガッ!とコレでも食らえとばかりに叩きつけて塩のカタマリの中から湯気と共に登場したのは、丸ごとのニワトリ。ちっとばかしびっくりした。

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かなり野蛮な料理に見えたチキンの塩竃は、驚くほど旨かった。
何というのか知らない香辛料の風味と丁度良い塩味、鶏を解剖している気分でえげつなさも感じるが、あっというまに鶏ガラの状態に成り果てた。

あとはコーヒーを飲みつつ、接着剤のようなトルコアイスを食べ(接着剤といっても、粘りの話ね。本当の接着剤を食べたことないから味は接着剤とは違う・・・と思う)はんぺんのようなケーキを食べる。このはんぺんケーキは甘すぎて上クチビルと下クチビルがくっついた。

ウソですが。
ま、それくらい甘かったってことで。

もう料理は文句なしで、店の雰囲気もイイ。店の人も感じイイ。いうことないんですが、早食いの日本人オヤジとしては、料理と料理の間の15分は長い。5分で食べて15分待つの繰り返しはチト辛かった。
食事に時間をかけるラテンなイタリア人ならいざ知らず、帰りのバスの時間が気になる田舎者はもっと早い予約時間が必要だな。

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March 16, 2011

うれしい知らせ ー被災地からの生存証明ー

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知り合いが今回の東日本大震災で被災した。
その方は被災地の中でも甚大な被害を生じたと言われた「南三陸町」で漁師をしている。
今の時期はワカメ漁に出る事が多く、海岸で仕事をしていたと思われた。
大地震の報が入り、続いて大津波。テレビ画面からもたらされる映像は生存者の存在を否定するようなものばかりで、知り合いの兄弟はもう諦めたような心情になってしまっていた。

「南三陸町」は周辺道路が寸断され、文字通り陸の孤島と化し、ほとんど情報が入ってこない。
しばらくしてもたらされた情報は、町民17000人のうち10000人の消息不明という安否を気遣う親族にとっては絶望を感じさせるような情報だった。

しかし、自宅の住所をもとにGoogle mapやGoogle earthで調べると、自宅は海岸線から離れた高台に位置しており、震災時に自宅に居たならば助かっている確率は高いと思われることだけを希望に、まずはTwitterを利用して【拡散希望】ということで氏名や住所を記し情報を求めた。
まだその時点では「南三陸町」には救助隊もテレビ局のクルーも入り込んでおらず、ライフラインが寸断され携帯電話すら通じない場所の情報が容易に入手できるとは思っていなかったので、落胆することなく何度もTwitterに投稿を繰り返した。

そのうち、Google Person Finderに登録することで、情報を得られることを知り、当方の連絡先を入力し情報待ちに態勢にはいった。

その後、救助隊が町内に入り、だんだんと情報が入っていくるようになると、当初思っていたよりも生存者が多いようである感触を得、希望が膨らむ。

救助の手が町内に広がるにつれて避難所の様子もわかってくるようになりGoogleがPicasaというウェブアルバムの中に避難所の名簿を画像にしたサイトにも「南三陸町」の名簿が掲載されるようになってきた。
そのウェブアルバムには、大量の避難者名簿が掲載されており「南三陸町」の画像を片っ端から開いていく。写真の解像度が低かったり露光が足りなかったりで写真は決して鮮明ではない。解読に苦労して目をこらしているうちに、写真のコメント欄に写真の内容をテキスト情報に変えて読みやすくする作業をしてくれる人々の存在に気づいた。その人達は人力OCRともいえる困難な作業を無償で行ってくれる人たちのようで、これにはとても助けられた。次から次へとアップロードされる写真の中の読みづらい文字を解読して文字情報に変換することはとても根気のいる作業で、本当に表に現れない人たちの善意で救助作業が成り立っていると痛感した。

どんどん名前を確認していくが、目的の名前は現れない。
まだ写真情報を得ることができたのは1カ所の避難所だけだったので、次なる避難所の情報が出てくるのを待とう・・・とパソコンを閉じたとき、携帯電話が鳴った。
自分の携帯に登録をしていない見知らぬ番号からの電話は、Google Person Finderをみた埼玉県に住む知人の兄弟からのもの。
「元気だという連絡がありました!」「家も津波にあうこともなく大丈夫です」
最高の知らせが届いた瞬間。

しかし、被災者の中にはまだ安否の確認できない人たちも多く、少しでも多くの人たちが無事であることを祈念いたします。


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March 15, 2011

放射線のこと

Facebookのノートに記載した文章ですが、見ることができないという報告がありましたのでBlogに転記します。


東北関東の震災によってダメージを受けた福島原子力発電所。
その報道の中に「被爆」という文言が多く含まれるようになってきた。
第二次世界大戦以降「被爆」という言葉には世界一敏感な国民と言ってよい日本人。
案の定、マスコミをはじめ国民は過剰に反応している。
そこで、放射線の専門的知識を有するもの(?)として、少しだけ被爆について書こうと思う。

まず、テレビ報道でも言われていることであるが、普通に生活しているだけでも放射線被曝は存在する。
宇宙線だったり、岩石だったり、はては蛍光灯、ブラウン管テレビからだって微量の被爆は存在する。
それらを総称して自然放射線というが、それが年間およそ1.5mSv(ミリシーベルト)。
その他に医療被曝と言われる病院などで検査として行われる行為で平均2mSv。
合計で3.5mSv程度は平均値として被爆している訳だ。

今回のテレビ報道ではmSvの1000分の1であるμSv(マイクロシーベルト)が多用されているので
被曝量が多く感じるが、1000μSvが1mSvであることを考えると、原発からの漏洩はそれほどたいした量ではなかった。ただし、問題は自然被爆の量が年間積算量であるのに対して事故による漏洩線量は1時間あたりの量であるということ。単に数字を比べるだけではいけない。
参考までに、電離放射線障害防止規則という法律の定める年間の許容線量は50mSv。(性別や身体の部分によって細かく定められているが全身被爆というくくりでの話)

ところが、本日(2011.03.15)福島第一原子力発電所の正門付近で400mSvという桁違いの数値を計測してたいしたことのない量とは言っていられなくなった。
1回での全身被爆では200mSvで身体に異常を生じ、500mSvでは白血球(リンパ球)の減少、700mSvで致死という生命にかかわる数値を計測したと言う報道があった。

それ以降は計測値は低下し安定しているようだが、瞬時とはいえ大量の放射性物質を大気中に放出したことに間違いはない。では、これらの放射性物質はどうなるのか・・・といえば大気に混じって拡散する。
拡散と言うくらいであるので、濃度は可及的に低濃度化するが、大気に混じることに変わりはない。
その放射性物質が衣服や毛髪などに付着すれば被爆と言うことになるが、ここで被爆には大きく二種類あることを知っておかねばならない。この衣服や毛髪などに付着することを外部被爆という。外部被爆は除染といって洗い流すことが可能だが、もう一種類の内部被爆というのが問題となる。主に呼吸することで体内に取り込まれた放射性物質は体内に留まり放射線を放出する。つまりずっと被爆をしている状態を続けるということになる。
であるので、できるだけマスクなどの措置を講じて放射性物質を取り込まないようにする手だてが必須となる。
特に原子炉での事故で放出される放射性物質の代表としてCs(セシウム)がある。
放射性物質には半減期という観念があり、発生する放射線の量が半分に減衰するまでの時間を示すものである。医療の中で検査などに利用するTc(テクネシウム)などはその時間が約6時間と短いが、Csの場合は30年と格段に長いものとなる。したがって内部被曝してしまうと強いエネルギーのまま長期間被爆することになる。

現状では、身体に著明な異常を生ずるレベルではなく、普通の生活が可能であるが、さらに大量の放射性物質の拡散が確認された場合には風向きによって特に内部被爆を防御する心構えが必要となる。

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March 09, 2011

今年の初ドラ

毎年この時期に地元で開催されるオープン戦。
時間があれば出かけるようにしているが、だいたいは寒さに震えることになる。
様子を見ていると今年は天気がよさそうなので、直前まで様子伺いの後出かけることにした。

Open

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小牧市民球場に到着する頃にはすでに試合が始まっており、1回の表のヤクルトスワローズの攻撃が終了していた。1回裏の中日ドラゴンズの攻撃から観戦となったが、いきなり大島のヒット。

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その後、和田のタイムリーで幸先良く先取点のドラゴンズは、その後の攻撃も順調で井端のツーランホームランで3-0とリード。

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ヤクルトにホームランの得点を許すが、5回裏に森野のデッドボールでランナーを二人にしたところでブランコの登場。

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低めを攻められ、打ちにくそうにしていたが、ツーストライクから狙い撃ち。丁度レフトスタンドに移動していた私のはるか頭上を通り越す場外弾。

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試合の方は6-1とほぼ安全圏(?)ということもあり、また中日の和田、井端、荒木、谷繁という主力も引っ込んだので帰宅することに。

コレを書いている現在も試合は続いていると思うけど、もう寒すぎてついて行けない。
今度はドームで観戦ですな。

追記:9回に連打で得点を許したものの6-2で勝利を収めたようです。

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