March 09, 2009

「チームバチスタ事件から一年」
東城大学医学部付属病院を舞台にした、田口・白鳥シリーズ。
今回の作品は、ひょっとしたら「チームバチスタの栄光」より面白いかも。
なんといっても、超個人的な事情で見たかった映画の最上位にランクされる映画なのだ。
かっこよく書けばそうなるんだけど、簡単に言うと、羽田美智子と竹内結子が出ているので見たいということになる。
羽田美智子は大好きな女優ベストスリーにはいる人。
芯の強さを内に秘め、自分を犠牲にしてでも天才救命医につくす看護師、花房美和を演じるのだがワタシの中では羽田美智子さんそのもの。ベストキャストでありました。
竹内結子もボケたキャラクターを好演し、原作やテレビ版の男性心療内科医師というイメージを払拭してくれた。
しかし、なんといっても天才救命医を演じた堺雅人にとどめを刺す。
地方新聞社の記者を演じた「クライマーズハイ」でもそうだけど、設定された役柄が乗り移ったかのような演技は特筆モノだと思う。
ジェネラル・ルージュと呼ばれる原因となるシーンでも、その瞬間の目の演技はすごい。
自信なさげな泳いだような目から、現場で戦う医師の目に変わる瞬間というのがわかる。
物語も、突飛すぎずにいながら裏の裏をかく展開は、鑑賞する者達をなるほどと思わせる面白さが連発し、見ていても全然飽きない。
物語の底には、現代医療の包含する問題点もちりばめられていて、考えさせられる部分もあって、ここ最近見た映画の中では、最も優れた映画の一つであることは断言できる。
さて、このシリーズ、まだ続きそうな予感がするのだが、どうなることやら、それも楽しみである。
| Permalink
|
| TrackBack (0)
March 02, 2009

「あなたなら受け取れますか?」
そんなキャッチコピーの映画を観に行ってきた。
主演はウィル・スミス。
ウィル・スミスの映画は、幸せのちから、アイ・アム・レジェンド、ハンコックと連続して観ているコトでもわかるように、好きな部類の俳優なのだ。
今回の映画は、ウィル・スミス自身の息子との共演で話題を呼んだ、幸せのちからで監督をつとめた ガブリエレ・ムッチーノと、再びのタッグを組んだ感動路線の内容だ。
内容と言えば、映画の80%は伏線がほとんどで、最後の15~20分にならないと、全ての線がつながらない。
作り手としては、最後の部分にエモーショナルなクライマックスを配した「終盤盛り上がり型」の感情曲線を意図したのだろうが、どっこい観る側のカンの鈍いオッサンは、伏線をつなげることにかなり忙しく、エンドロールが流れ出しても「七つの贈り物」は、何と何? なんて具合に、盛り上がる機会を逸してしまった。
とはいいつつ、キャッチコピーが示すように、人道的あるいは社会的な問題提起を投げかける映画であることは間違いない。
内容を書き出すと、かなりの部分まで突っ込まないとならず、ネタバレ度急上昇となってしまうので、あえて記さない。
しかし、この映画の評価は、好悪の分かれがはっきりしていることでもわかるように「自分ならどうする」的な感想が重きを示すだろう。
このような映画を観て、いつも感じるのは、洋の東西・・・つまり、宗教の存在。
特にアメリカ映画の根底にはキリスト教思想が流れていることを強く感じる。
それよりも、東洋の片隅の映画館で映画を観ていたオッサンにとって気になったのは、右側にすわるアベック(死語)だ。
映画が始まる前から「はい、あ〜ん」とかいって、オンナがポップコーンを男のクチに入れている。
「自分の喰うポップコーンくらい自分の手でつかめ!」とココロの中で叫ぶ。
すると、今度はコーラだ。
「はい」とかいって、ストローの刺さった紙コップを男のクチの前に持って行く。
「コーラくらい自分で飲め!」と再びココロの中で怒鳴る。
むかついたので、オレと右側にすわるオトコの間にある「肘掛け」を占拠してやった(喜)。
そんな些細なコトに立腹し、肘掛け奪取に満足するようなオッサンには、イエスキリストのようなオコナイは出来るはずもなかろう。
と言うわけで、今回の映画鑑賞は、感心はしたが感動には至らず。
感動に涙する隣に座るカミさんに平伏。
| Permalink
|
| TrackBack (0)
February 15, 2009
「ロドニー・キング事件」という出来事を覚えているだろうか。
Wikipediaによる事件のあらましは、1991年3月3日、窃盗罪で執行猶予中だった黒人男性ロドニー・キングがレイクビューテラス付近でスピード違反を犯し、ロス市警によって逮捕された。その際、20人にものぼる白人警官が彼を車から引きずり出して、装備のトンファーバトンやマグライトで殴打、足蹴にするなどの暴行を加えた。たまたま近隣住民が持っていたビデオカメラでこの様子を撮影しており、この映像が全米で報道され黒人たちの激しい憤りを招いた。
この事件でビデオに映り身元が分かる白人警官3人(ステーシー・クーン巡査部長、ローレンス・パウエル巡査、ティモシー・ウィンド巡査)とヒスパニック系警官1人(セオドア・ブリセーノ巡査)の計4人が起訴された。裁判の結果、警官達の“キングは巨漢で、酔っていた上に激しく抵抗したため、素手では押さえつけられなかった”との主張が全面的に認められ(実際はおとなしく両手をあげて地面に伏せたキングが無抵抗のまま殴打され、医療記録によるとあごを砕かれ、足を骨折、片方の眼球は潰されていたとされるが裁判では認められなかった)、事件発生から1年経過した92年4月29日に陪審員は無罪評決を下した(白人住民の多かったシミ・バレーで法廷が開かれた事も原因しているといわれる)。陪審員に黒人は含まれていなかった。
この事件をきっかけに、ロサンゼルスでは大暴動が発生し、それを鎮圧するためにFBIや軍隊までもが出動したという一大事件だった。
この事件は、単に白人警官による黒人被疑者に対する暴力が起因となっているが、原因としてはロサンゼルスという都市における過去から現在、そしておそらく未来までつづくであろう白人、韓国人社会による黒人やヒスパニック系蔑視の人種問題や警察の腐敗的体質というモノが内在している。
1992年に封切りされたマルコムXは、その「ロドニー・キング事件」を題材として作られたことはあまりにも有名であるが、昨日封切りされた「フェイクシティー ある男のルール(邦題)」も「ロドニー・キング事件」が下敷きになっていることは疑いようがない。

物語は、ロス市警に勤務する刑事(キアヌ・リーブス)が、警察内の腐敗構造に立ち向かうストーリーとなっているが、物語のはじめから警察部内での人種差別的発言が出てきたり、黒人・ヒスパニック系・韓国人によるロサンゼルス裏社会が描かれたりして、フィクションと言いながらもかなり細かなところにまで現実的描写が行き届いている感じがする。
例によって、物語の詳細は省かせていただくが、まあまあのどんでん返しがあり多少の推理力や理解力も必要かと思うけど、大向こうをうならせるストーリー展開というわけでもなく、感動を受ける映画でもなかった。
キャストでは上司のワンダー(フォレスト・ウィテカー)は、どう見ても善人顔でなく、最初から「コイツあやしい」と思ってしまうのは、オレだけ?
とにかく、人が銃撃によって次々に死んでいく映画だなぁというのが、まずの感想。
それだけに、その映像はリアルで、オレ的には一番の注目点だったかな。
| Permalink
|
| TrackBack (0)
February 04, 2009

のっけから凄まじいカーチェイスで始まり、全編アクションシーンの連続で「息つく暇」もない映画です。
アクション映画好きとしては、応えられない部類に入ると思います。
007シリーズとしては、1時間46分という1番短い上映時間にもかかわらず満足度は高いと言えるでしょうね。
カーチェイスでは、イギリスの名車「アストンマーチン」がボロボロになっておりますが、「もったいない」とつぶやく暇すらありませんでした。
カーチェイスの撮影中にスタッフが重傷を負ったり、ボンド役のダニエル・クレイグがアクション中に負傷したりという記事が届いていますが、それすらやむを得なしという大迫力でした。
物語は、前作「カジノロワイヤル」終了後1時間のところから始まります。
できれば、直前に「カジノロワイヤル」をもう一度観て出かけることをオススメします。
そうすれば、心から愛した女性ヴェスパーがなぜヴェスパーは自ら死を選んだのか、ヴェスパーが死を選ばざるを得なかった理由とは一体何か、それを知るため・・・というより、復讐を誓ったボンドの断固たる意志が伝わってくるような心情が判るような気がします。
もし、この「慰めの報酬」をいきなり観ると、ワタシの隣に座っていたヒト(カミさんですが)のように物語の推移や登場人物の背景が判らなくて往生しちゃうかも知れません。
鑑賞後に感想を聞いてみたら「疲れた」とのことでした。
カミさんの場合「疲れた」というのは、物語を理解しようと務めて、頭脳的に疲れたというわけではありません。手に汗を握って、全身に力を込めて映画を観ていたので、肉体的に疲れたという、直截的な意味合いで、楽しく観ることが出来たという彼女なりの感想であることを付記しておきますね。
| Permalink
|
| TrackBack (0)
December 28, 2008

千秋楽まであとわずかとなった劇団四季のミュージカル「マンマ・ミーア!」を観に行ってきた。
マンマ・ミーア!は、ABBA のヒット曲22曲にて構成されているミュージカルで、1999年のロンドン初演以来全世界でロングランを続ける人気のミュージカルだ。
日本でも例外ではなく2005年の東京から大阪、福岡と続き、名古屋では2008年2月に上演が始まった。
それからほぼ1年のロングランが決定し、多くの観客を楽しませてきたが、そろそろ千秋楽間際ということで出かけたわけだ。劇団四季のミュージカルには何度か来ているが、今回も期待を裏切らない出来映えで、楽しい時を過ごすことが出来た。
物語はギリシアにある小さな島のホテルを舞台にした母と娘の物語で、娘の結婚式を中心に話が進む。
母と娘を取り巻く状況や心の変化などを、ABBAのヒット曲を交えながら話が進んでいくのだ。
5時半の開演から、7時の休憩まで引きずり込まれるように一気に時が過ぎ、本当に「あっ」という間に時間が進んだという感じ。
休憩後の物語は、核心に迫る部分で、特に心の中の葛藤を表現する部分が多く、こちらも舞台に引きずり込まれるようだ。
舞台の全編にわたり流れるABBAの楽曲も、おそらく日本語訳に近いであろう内容で、わかりやすかった。基本的にABBAは、自分たちの楽曲の翻訳を認めないそうなのだが、ミュージカルに関してはOKらしい。

物語は、若い二人が世界に旅立ち、母親は・・・という筋道をたどり、カーテンコールへ。
劇団四季のホームページにも「観客が立ち上がり歌って踊るカーテンコール」と書かれているように思わずからだが動き出すような盛り上がりだったが、オレが盛り上がるよりも、もっともっとず〜っと盛り上がっているオッサン(オレよりは若いと思うが、世間的にいえば立派なオッサンだった)がいて、これがすごいんだ。
今回は2階最前列での観劇だったけど、そのオッサンはカーテンコールが始まるやいなや立ち上がり、手すりから落ちそうなくらいの勢いで踊り出した。
かと思えば大声で出演者の役名を叫びだした。
「ドナ〜」とか「ソフィ〜」とか。
最初のウチはあっけにとられて眺めていたけど、苦笑に変わりつつある。
そのうち「ドナ」が出てきてるのに「ソフィ〜、あっ間違えた」とか叫んだりしてるし。
はっきり言ってかなりカッコ悪りぃ。だけど笑える。
周りの空気が固まるのが判るほどで、そのせいか周囲はスタンディングオベーションの機会を失ってしまったようで、皆さん座ったままで惜しみない拍手を送らせてもらったエンディングだった。
劇団四季では、東京のキャッツ専用劇場も来年中には千秋楽を迎えるらしいけど、その前に一度行きたいねぇと夫婦で語り合いつつ帰路についた。
| Permalink
|
| TrackBack (0)
November 04, 2008
江戸時代、瞽女(ごぜ)という生活手段として三味線を片手に各地を巡り、独特の節回しを持つ「瞽女唄(ごぜうた)」を唄う盲目の女性達がいた。
杖を頼りに、街道を歩き日本全国を回ったという。
特に、娯楽の少ない豪雪地方では、明治から昭和初期まで瞽女が存在し、その唄は伝統芸能の域にまで達したという。
物語は、幼少期から瞽女として育てられ、三味線や唄を習得すると同時に、逆手一文字という剣術を父から伝承された女、ICHIのラブストーリーといっても良いかもしれない。
そう、昭和の映画史を語る上で外せない映画、座頭市の女性版だ。
座頭市は、知らぬ間にコカインがパンツの中に入っていたオッサンのはまり役ではあるが、実はその映画見たことない。
それがなぜ今回は・・・といえば、当然ながら主演が綾瀬はるかだからとしか言いようがない。

共演は大沢たかお、中村獅童、窪塚洋介など。
大沢たかおは、心にトラウマを持ち真剣が抜けない剣豪を演じる。
いつもながらのいい人の役で、導入部のコミカルな演技も良かったけど、どっぷり悪役というのも見てみたい。
中村獅童は悪役しかできないし、いろいろ(竹内結子との一件など)もあって、大嫌いだから語らない。
窪塚洋介もそれほど興味ない。
こう書くと、やっぱり綾瀬はるかを見に行っただけなんだなと思うのだ。
なんていってもあのキュッとした口角やあごのライン、好きだなぁ。
かわいいけど、色っぽい。
多分、今回の映画では殺陣の練習なんか大変だったんだろうなぁ〜と考えながら見ていると、愛おしくなってしまう。
そんなオッサンの戯れ言は置いといても、けっこう楽しめる映画だと思う。
キチンと話のツジツマはあっている(当たり前だけど、これがいい加減な映画も多い)し、頭から疑問符の出る場面もない。
あと、映画とは直接関係ないけど、エンドロールとともに流れる音楽、これがよかった。
sunminという歌手が歌っているらしいけど、久しぶりにエンドロール最後まで見たな。
というわけで、可もなく不可もなくという映画だったけど、カミさんは泣いていたな。
「どこでそんなに泣けるの」と聞いたら「けっこう最初から」って答えられたけど、オレ的には泣ける場面などなかったので、オレよりもカミさんの方が「いい映画度」の高い作品かも?
蛇足ながら、この映画の題名「その女、座頭市 ICHI」っていうんだけど、そもそも座頭市ってのは例のパンツのオッサンが主演の映画で、「座頭」というのは江戸時代の盲人男性に与えられた役職なワケ、その「座頭」と務める「市」さんの物語だからそれはそれでいいけど、正確に言えば今回は「瞽女市(ごぜいち)」になるんだけどなぁ〜。
| Permalink
|
| TrackBack (0)
October 16, 2008
初夏のある日、ふと立ち寄ったコンビニの入り口横にポスターが貼られていた。
家に帰りそのポスターのことを思い出し、カミさんに「こんなコンサートがあるんだけど、行く?」と訪ねたところ「行きたい」との返事。
早速そのチケットをネット予約し入手した。

チケットを入手してからおよそ3ヶ月、コンサートの当日がやってきた。
そのコンサートが-SCENE-と銘打たれた ASKA SYMPHONIC CONCERTだ。
大阪、福岡、東京、名古屋、札幌と続くコンサートの途中でASKAの体調がすぐれないとの理由で、キャンセルとなった福岡公演からそれほど日がたっていないのが少しばかり心配だったが、まずは期待を込めて行ってみよう。

オープニングの"Birth"続く"Girl"あたりはまだASKAも本調子には乗れない様子。
すこしばかり恥ずかしそうな様子で「こんな感じでやってます」と語る。
こんな感じとは、各地で活動する管弦楽団とのコラボレーションのことを言っているのだろう。
当地ではセントラル愛知交響楽団がASKAを包み込むように、繊細でありながら迫力にあふれた音色を奏でる。
4曲目の"はじまりはいつも雨"の聞き慣れたフレーズを思わず口ずさむあたりから、ASKAワールドに引き込まれていく。
途中から、オーケストラからアンサンブルに趣向を変え、MCに。
決して話がうまいと思っていなかったASKAだが、案の定何が言いたいのかよくわからない。とりあえずは「しゃべり」で人をひきつけるアーティストではないことは再確認できた。
10曲目の"蘇州夜曲"は、落ち着いた雰囲気の「大人のコンサート」にぴったりで、場内も完全に聞き入っている様子。
「人に代表作と言われる曲もあるが、自分的にはこの曲のほうが好き」といいつつ「でも、ネットには書かないでね」と言っていた"心に花の咲く方へ"を熱唱。
このあたりからは、熱唱系の曲が続き、ASKAの本領発揮といったところだろう。
その後アンコールの2曲を含め、およそ2時間半のコンサートを充分楽しんだ。
オーケストラというアコースティックでいながら大迫力の音響にも負けないASKAの歌唱は、人を引きつけずにはいられない。 と同時に、この二者のコラボレーションを見ることが出来て、満足だ。
| Permalink
|
| TrackBack (0)
October 08, 2008

今日は、昨年オンエアされたフジテレビ月9ドラマの「ガリレオ」の劇場版を観てきた。
テレビでは、主演の福山雅治と柴咲コウの人気もあり高視聴率を誇っており、物理好きのオレも何回か見たことがある。
事件の解決に福山演ずる天才物理学者の湯川学(福山雅治)の力を借りるというストーリーなのだが、毎回「仮説を検証して実証する」部分が面白くて見ていた。
劇場版は、原作者の東野圭吾渾身の作であり、直木賞受賞作ということもあり興味津々で見に行ってきたわけだ。
テレビ版のキャスト陣の他に、堤真一が高校のさえない数学教師、石神哲哉を演じる。
その他には、松雪泰子が被害者富樫の元妻の花岡靖子を演じるという実力派の中堅役者のエントリーだ。
石神は、湯川をして「僕の知る限り、本物の天才」と言わしめる数学者。
アパートの隣室に暮らす花岡が元夫の富樫を殺害するところから物語が始まる。
その殺人を知った石神は、花岡を無実にするための工作を施すのだが、実はその行為の裏には原因とも呼べる事実があるのだ。
湯川は、その優れた頭脳をもって事件に対処するが、どう考えても友人の石神の罪を確信する方向に行ってしまう仮説となってしまう。
今回の劇場版は、テレビと違ってサイエンスとかフィジカルという部分がほとんどなく、エモーショナルなストーリー展開となっている。
終盤で湯川が柴咲演ずる内海刑事に「刑事としてではなく、友人として聞いてくれ」と自分の仮説を打ち明ける場面などはそれを象徴していると思う。
テレビで湯川が、自分の持つ物理学的知識を動員する場面を象徴する方程式を書き綴る部分も今回は見られない。
物語の内容は、直木賞受賞作ということもあって、当然のことながら満足な内容。
石神が動き出すにはそれなりのワケがあり、石神の頭脳をフル回転させたアリバイ工作には物語的どんでん返しも含まれているし、石神の通勤路に暮らすホームレスの映像にも注意が必要だ。
こうやって書かれた記事を見てもおわかりかと思うが、この映画、実は福山映画ではない。
確かに主演は福山雅治となっているが、完全に堤真一の独壇場。
演技的に福山は堤の下手に回っている印象だ。
劇場版の題名に「探偵ガリレオ」が冠されていない理由がわかったような気がする。
| Permalink
|
| TrackBack (0)
September 21, 2008

先ほどまで、映画「ウォンテッド」観てました。
やっぱいいね、アンジェリーナジョリー。
オレ的にはMr.&Mrs.スミスのときの凄腕ヒットマンのアンジェリーナジョリーのほうがイケルけどね。
今回はちょっとばかし化粧が濃すぎ。
とくに目の回りはやり過ぎの感ありだな。
整形で魅力的にしたという噂の唇は、あいかわらずでスバラシイ。
物語は特異な体質を持つ暗殺者集団から裏切り者とされた男の息子を暗殺者に仕立てるべく、アンジェリーナ扮するフォックスが現れ、その息子の人生は一変する・・・。てな感じで始まる。
息子ウェスリーを演じるジェームズ・マカヴォイの顔つきが顧客管理担当のさえない会社員の時と、6週間の訓練を終え、暗殺者として成長したときで、別人かと思わせる演技はたいしたものだ。
たいしたものと言えば、映画におけるCG、ココまで来ちゃったのね・・・と思わずにはいられない。
さて、物語にもどるけど、今回もどんでん返しの手法でもってやられました。
しかし、やはりというべきか、最後にはアンジェリーナがいいとこ持って行きますな。
おっと、またまたこれ以上はネタバレになっちゃう。
ところで、観てきたのは当然のように字幕版。
吹替版での主人公ウェスリーの声を故竹下総理の孫として人気を博しているDAIGOが務めるらしいけど、大丈夫なのかな。
「そうすっか〜」「うぃっしゅ」なんてやってんじゃないだろうな。
| Permalink
|
| TrackBack (1)
September 03, 2008

今日は、映画館に行ってハンコックを見てきた。
基本的にはアクションコメディーに分類されると思うので、現実的でないとか、道理が通らないという意見は無視だ。
CGだらけの映画かと思っていたが、意外な展開を含むストーリーもあって楽しめた。
残念だったのは、時間の関係上日本語吹き替え版を見ることしかできなかったこと。
英語の台詞を完全に理解できないまでも、台詞のやりとりの面白さや、声の強弱などの具合など、どうしても字幕版に劣るからだ。
いくらCGだらけといっても、そこら辺の基本は楽しみたいものだ。
しかし、アル中のウィル・スミスは適役だったなと思う。
大ブーイングを受けながらのヒーローというものをうまく演じていたと思う。
でも、こないだ見たダークナイトのジョーカー役のヒース・レジャーには及ばない。
こんなところで少し前見た映画の話をするのも何だけど、ヒース・レジャーは凄かった。
死去してしまったから言うわけでもないけど、もう二度と見ることが出来ないのは残念至極。
ところで、共演のシャーリーズ・セロン、綺麗ですなぁ。
濃いめの化粧の時は、それほどでもないけど、薄化粧のときは一段と。
我が家にも、シャーリーズ・セロンが主演したイーオンフラックスというDVDがあるけど、あの時より綺麗になっているぞ。
ただし、イーオンフラックスの時より身体の線が崩れているのが残念かな。
もうひとつ加えるなら、宣伝のため来日したときに出演した「めざましテレビ」の時が一番綺麗だった(笑)、などとおっさんは考えるけど、実際あんな嫁さんがいたら大変だよ。
おっさんは、どんどん年をとって衰えていくけど、嫁さんは若いまま、そして凄いパワー、これは困る。
おっと、これ以上書くとネタバレになってしまう。
| Permalink
|
| TrackBack (0)
October 12, 2006

10月7日公開の「ワールド・トレード・センター」を観てきた。
全世界を震撼させた2001年9月11日に起きた「テロ事件」。
その中で起きた勇気と生還の実話を映画化したものである。
監督はこれまで三度にわたりアカデミー賞を受賞した、巨匠・オリバーストーン。
このオリバーストーン監督作品ということで、もっと社会正義色の強いメッセージ性の高い作品を想像していたのだが、作品は夫婦愛、家族愛、同僚との愛(変な意味ではなくね)を中心とした愛情の物語だった。
作品のどこかにメッセージが隠されていたのかも知れないが、少なくともワタシは感じ取ることができなかった。
映画そのものは、崩壊時やその直後に「ワールド・トレード・センター」に居合わせたような臨場感のあふれ、それなりに迫力あふれるものだったが、いかんせん本物の事件からまだ5年と、記憶が薄れないうちの上映とあって、リアルタイムで伝えるニュースの足元には及ばない。
たとえニュースが遠景から「ワールド・トレード・センター」を映し出すだけのものであっても、映画は事実に迫ることはあっても、たどり着くことはないと感じた。
それだからこそ、旅客機が衝突する瞬間や崩れ落ちるビルの像を使用せず、ニュースでは知らせることのない現場で起きた愛情の物語をフィーチャーしたのだろうと感じた。
さて、この愛情の物語は、日本人・・・いや、ワタシから見るとすこし大げさ。
感情が高ぶる部分や表現方法が、映画の出演者とややずれているような気がした。
もちろんワタシ特有の感覚かも知れないが、少なくとも観客の中から「すすりなき」などの気配を感じ取ることが出来なかった。
ワタシが瓦礫のなかに生き埋めになって、死にそうになった時、カミさんの像が浮かび上がって「アナタしっかり生きるのよ・・・」と言ってくれるかと考えてみたが、罪深いワタシのマブタのうらにカミさんが浮かび上がることはなさそうだ(笑)。
ま、冗談はさておき少なくともアメリカ人個々人の愛情の深さとつながりは強固であるのだなと感じた。
やっぱ、基底にあるのは宗教なんでしょうかね。
ちょっとばかし話がそれたが、決して映画のできが悪いというものではない。
瓦礫に埋まって身動きができず、目と台詞だけで演技したニコラス・ケイジはスゴイと思うし、今はないはずの「ワールド・トレード・センター」がマンハッタンのビル群に浮かび上がる画は、CGと思えぬほどだったし。
そもそも、この手の映画に対して出来不出来を評することはできない・・・と思う。
なによりも、このような無差別に大量の人々の命を奪うテロや戦争を憎み、再び起きることがないよう願うのが目的なのだから。
と感じたということは、ワタシもオリバーストーンの術中にはまったということかな。
| Permalink
|
| TrackBack (2)
September 17, 2006

封切り初日の「WILD SPEED 3」観てきました。
う~ん、なんと言うか・・・BクラスのB級映画とでも言うんでしょうか、香港映画のようなアメリカ映画とでも言うんでしょうか。
アクション映画のカテゴリーの範疇に入る映画には大したストーリーを求めない私ですが、それでももう少し「らしい」話にして欲しかったですね。
あと、副題として~TOKYO DRIFT~とあるように、物語の舞台は「東京」。
でも、映画に映し出されているのは、風景こそ東京かもしれませんが、東京ではない場所ですね。
あれが「東京」というのなら、私はハズカシイ。
ガイジンには、東京・・・ひいては、日本ってあんなふうに見えるんですかねぇ~。
この手の映画だったら「SHANGHAI DRIFT」とか「HONGKONG DRIFT」とでも副題をつけて、あっちでやって欲しかったなぁ~。
出来れば、日本の車も使わずに「ヒュンダイ」使えばいいじゃん。
カーアクションのほうはスゴイことはスゴイのですが、特に驚愕すると言うわけでもなく、それなりですね。
まあ、ひとことで言うと「招待券があったから観た映画」ですね。
| Permalink
|
| TrackBack (0)
September 10, 2006

「X-MEN ファイナル デシジョン」をロードショー公開日に見てきました。
さすがに初日ということもあり、館内は満員。 こんな時にはインターネット予約&チケット購入は便利ですね。
実は、今月末までの劇場招待券があり、それを利用する予定だったのですが、休日の早朝に夫婦してボケた頭で「映画の座席予約しよう!」とパソコンの画面に向かったため、とんでもない間違いに気がつきませんでした。
コロナグループの「@先ドリ」という座席予約&チケット購入は、座席の予約だけ・・・というようなことは出来ないんでした。
クレジットカードの番号やらなんやらを送信してから「あっ!招待券使うんだった」と気づくバカさ加減で、2枚の招待券は娘の手中に・・・。
とはいいつつ、もう2枚招待券があるので、今月中に再び映画を見に行くことになりそうです。
さて、映画のほうですが、前作を見た記憶って言うのが無かったのですが、登場する「ウルヴァリン」を見て、記憶がよみがえりました。 といっても「見たコトあるな・・・」程度ですが。
総合的には、今回も記憶に残る映画とはなりがたそうで、ストーリーというものが無くともなんとかなるような映画でした。
つまり、SFXやCGのほうに眼が奪われ、ストーリーなんてどうでもいいやという感じなのです。
その代わりと言っちゃあなんですが、SFXやCGの出来は、秀逸です。
CGだとわかっている場面でも、あたかも実写のように見えるというのはすごいことです。
今話題の怪物が出てくるアジア映画とは、比べるべくもありません。 まあ、あれは30年前のツブラヤプロの作品レベルで、ウルトラQを思い出すような映画ですから比べるのも失礼ですがね。
というわけで、映画にたいするエンターテインメント性を求められる方なら見てもいいかも知れないですね。
どちらかと言えば、私もそのタイプなので、それなりに楽しめましたが、同行のカミサンはイマイチご不満だった様です。
| Permalink
|
| TrackBack (0)
July 23, 2006

日本SF界が爆発的に賑わったのは、いつだったのだろう。 25年くらい前だっただろうか。
その頃、星新一のショートショートや、筒井康隆のブラックユーモアあふれるSFとともに、私の書棚には小松左京の本が並んでいた。
その中でも、日本沈没は本格的なSF作品として、完成度の高い物語で、かなりの長編ながら、一気に読了した記憶がある。
その日本沈没が映画化されたのが刊行と同じ年。 それから33年が経過し再びリメイク版として上映されることになった。
途中で、TVドラマ化があったり、再映画化が計画されたりと、話題に欠かない同作品は、刊行当初から現在に至るまで色あせない内容であることを示している。 それどころか、最近の温暖化によると思われる地球規模の異常気象や、日本国内における地震の社会問題化などを勘案すると、刊行当時よりもさらにリアルな現実的問題としてズームアップされるのかも知れない。
さて、今回のリメイク版は、前回から30年以上が経過し、その間の映画技術向上(主にCG技術)を考えると、どのように描かれるのか非常に楽しみだった。
確かに、2006年における首都や主要都市の崩壊の様子などは生々しく、CGの威力を見せつけられたが、部分的に漫画チックなCG部分もあり、アメリカ映画のCG技術には未だ及ばないと感じた。
物語は、脚色された部分もあるが、ほぼ原作に忠実と言っていいと思う。
よく考えられたプロットの上に成り立ち、映画の内容が現実と感じてしまうリアルさを持っていると言っても良い。
「オレのスイス銀行の口座に、もう少し資金移動しなくちゃな」とか「日本を脱出するならハワイの別荘か・・・いや、あそこは火山があるし、なんと言っても島だからやめとこう・・・となれば南フランスの別荘だな」などと「ゲ・ン・ジ・ツ」を考えつつ鑑賞してしまった。
キャストの中では、柴咲コウ・・・好きだなぁ。 あの「メヂカラ(眼力)」の強さは何物にも代え難い。 シリアスな場面ではもちろん、微笑みのなかの「メヂカラ」ってのも、訴えるのもがあっていいですな。
| Permalink
|
| TrackBack (0)
July 18, 2006

館内に"M:i:Ⅲ"の・・・、いや、「スパイ大作戦」のテーマミュージックが大音響で流れるとワクワクする。
映画は娯楽だ。 そんな当たり前のコトを知らしめてくれた"M:i:Ⅲ"。
雨の休日は、映画館のカキイレドキらしく、上映開始15分前に到着すると、ロビーは人でごった返していた。
そんなこともあろうかと、今回はインターネットで座席を予約しておいたので、チケットを買う列に並ぶこともなく、簡単にチケットを手に入れることができた。
「よしよし、幸先イイゾ」と入館すれば、知り合いのオバチャンが声を掛けてきた。
「なんだぁ〜、アンタも映画に来るの!」(ケッコウしょっちゅう来てるんですケド・・・)
「じゃあ、今度アンタの仕事場に映画の券、もってってやるワ」(オバチャンは館内清掃のパートやってました)
カミさんとふたり、「やった! 日本沈没はタダで見られるゾ」と、小躍りしつつ、指定の座席に着いた。
ロビーの状況そのままに、館内も満席。 後ろから2列目ということもあり、後列の人のことを気遣いつつ、ぐっと沈み込んだ着座姿勢で予告編を見ていると、前列に人が入り込んできた。 家族連れらしく、「オトーサン、奥いきゃあ〜(行きなさいの名古屋弁)」だの、「オマエがそこに座るとオレがポップコーン食べれんガヤ」と、うるさく騒ぎちっとも席に着かない。
「バ〜ロ〜、うるせえゾ」と言ってやり(ココロの中で・・・)、視線のみで注意を促すが、暗い映画館の中では気付くはずもないか。
それでも何とか周囲が鑑賞体制に入った頃、チケットを片手に持ち、ケータイを照明代わりに、前列の席番を確認している不審な男が現れた。 なんやら、前列のバカ家族と揉めているふうで、「ココは私の席なんですけど・・・」と主張しているようだ。バカ家族の父親は「いや、ココはワシの席だもんね、フン」とチケットの確認もせず、グッと深く座席に沈んだが、自分の娘に、「オトーサン、まちがっとるよ」と、父親の威厳も砕け散るスルドイ指摘を受け、家族全員ひとつずつ席がずれることになった。 そのせいで、それまでウチのカミさんの視界を遮り、スクリーンの全面を見ることを出来なくしていた家族の母親のデカ頭が、もろにオレの前に来た。
おまけにそのバカ女は、しきりに頭を左右に動かすもんだから、ぜんぜん映画に集中できないのだ。
バカ女の座席の背もたれを思いっきりケトバシ(たつもり・・・)、「バカタレ、人の迷惑も考えろ!」と言ってやった(またしても、ココロの中で・・・)。
しかし、集中できないといいながら楽しめたのだから、いい映画だと思う。 多分。
| Permalink
|
| TrackBack (0)
May 25, 2006
昨夜は「明日の記憶」という映画を見てきた。
この映画は、第18回山本周五郎賞を受賞した荻原浩氏の作品を原作に、『トリック』の堤幸彦監督が映画化。
若年性アルツハイマー病に侵された男と、それを支える妻との夫婦の情愛を中心に描かれている。
自身も病を持つ渡辺謙が、原作を読んで映画化に向けてのエグゼクティブプロデューサーを務めただけあって、若年性アルツハイマー病に罹患した男を見事に演じている。
カミさんが、介護福祉士というソチラ関係の仕事をしている関係で、「見に行かない?」と誘われたため出かけた訳だが、平日の夜という条件による空席の目立つ館内というものをを想像していたにもかかわらず、案に相違してかなりの混雑状態に驚く。
観客は映画のテーマが身近に迫る中高年のみならず、若いカップルも見受けられる。さすがに、金髪・装飾品チャラチャラのキャハハ系は見受けられなかった。
映画は、若年性アルツハイマー病の自覚症状から導入されるのだが、これは私自身にも思い当たる部分が多分にあり「ドキッ」とさせられる。物語は、男がその病を受容するあたりから本題となるのだが、ここらあたりからすこしばかり綺麗に描かれ過ぎ、という感も否めない。病を受容した夫婦は「出来るだけのことをしよう」と生活をしていくのだが、病の夫も支える妻も現実にはもっと激しい葛藤や、もっとどろどろした現実があるのだと思う。
夫婦の情愛を描く・・・というテーマなら、充分成功した映画といえようが、若年性アルツハイマー病の啓蒙や、若年ゆえの社会的な羞恥という問題を提起したいのならもう少し掘り下げるべきだろう。
どちらにせよ、久しぶりに涙をにじませながら映画を見たと同時に、夫婦という物について、その良さを再認識した・・・かな。
| Permalink
|
| TrackBack (0)
May 11, 2006
LIMIT OF LOVE 海猿を見てきた。
ご存じのように海猿は、海上保安庁の全面的な協力を得て、日本映画史上類を見ない大規模な海上、海中での撮影を背景に、海上保安士たちの任務に対する責任感や友情、私生活での家族や恋人との愛情を描く映画だ。
映画第一作『海猿』(2004年6月12日東宝系公開)は、興行収入17億4千万円の大ヒットを記録し、続くドラマ『海猿 EVOLUTION』(2005年7〜9月・フジテレビ系列)は、平均13.8%という高視聴率を収め、今回の『LIMIT OF LOVE 海猿』へと続いている。
今回は、大海難事故を表現するため、鹿児島・宮崎ロケのほか、大掛かりなセットとCGも導入し、地元の多大な協力のもと映画を完成させることが出来たということだ。
また、ダイビングシーンはキャストたち自らの熱演によるもので、それが迫力と感動を生み出している。
そのせいか、予告編で感じた「愛と感動のドラマ」というイメージよりは、アクション映画に近いものを感じた。
人によって、受け止め方は大いに異なるのだろう、カミさんなどは、映画の冒頭からナミダナミダの連続で、ふと横を見ると、首筋にまで涙が流れておった。
最近は、どうも恋人とか、友情とかいった方面で感動を受けることが少なくなったかわりに、親子の絆・・・といった場面では「ウルッ」と来ることが多くなってきたようだ。 これは完全にオジサンシンドロームの一部であって、この先に控えるであろう「娘の結婚式」などに思いを馳せると、もうこれはイケナイ。
できれば、「どっかで勝手にやって来い」と言いたいくらいにイケナイのである。
映画とは少し離れてしまったが、そんなわけで、この『LIMIT OF LOVE 海猿』は、愛と感動のアクション映画として、誰でも楽しめる映画に仕上がっていると思う。
ただし、「あんな状況で助かるワケがない」とか「あんなカッコイイことが言えるわけないじゃん」などと、映画に現実を求めるムキには、格好の標的になるかもしれない。
第一、映画を見て、そんなコザカシイこというヤツは、最初から見るべきじゃないんだけどね。
| Permalink
|
| TrackBack (0)
February 07, 2006

昨夜は「THE 有頂天ホテル」を見てきました。
少し前に封切となり、観客動員などの記録をうちたてるほどの好評な映画ということで、期待して出掛けました。
私自身は、「笑え、笑え!」と押し付けてくるような俗に言う「お笑い」はそれほど好きなほうではなく、吉本に代表されるコテコテの大阪芸は、どちらかと言えば嫌いな部類に入ります。そんな私がこの映画では自然と声を出して笑いつつ映画を見ていました。 久しぶりに劇場映画で声を出して笑った気がします。 家でTVなんかを見ている時には結構声を出して笑いますが、映画館となると回りの観客の迷惑ということもありますので、「ニヤリ」とか「クフフ」なんていうひそやかな笑いで抑えていたのですが、今回は笑えましたね。
事前にこの映画のレビューやコメントなんかを見たんですが、好評な割には「面白くない」という意見もあって、どんなものか楽しみにして出掛けたんですが、杞憂に終わりましたね。
三谷作品は「みんなのいえ」にしても「ラヂオの時間」にしてもペーソスあふれる作品が多いのですが、あまり笑いを取ることを意識していないように感じました、ところが「THE 有頂天ホテル」は意識的に笑いを取ろうとしている場面が多かったような気がします。
とかくこの手の映画で、笑わせようとか泣かせようとか意識すると無理が生じる場面が往々にして見られますが、この映画ではそれが少なかった気がしますね。 ひとつには主役級がずらりと並んだキャストもその要因かと思いますが、そのキャストの個性を生かしつつ取りまとめた三谷監督の手腕によるところが大きいような気がしました。
それと平行して、キャストの意外性の部分を見せる配役も面白かったです。 オダギリ・ジョーや唐沢寿明なんかは、出てきただけで笑えましたモンね。
エンドロールが流れている間に席を離れる人が少なかったのは「まだ何かあるんじゃないか?」と観客に思わせてしまう物語の面白さ所以であると思いました。 実際、私もエンドロールの最後まで見ちゃいました。 三谷監督でも出てくるんじゃないかと思いつつ。
| Permalink
|
| TrackBack (1)
January 11, 2006
最寄りの映画館では、鑑賞の毎にポイントがもらえる。
6ポイントで上映中の映画を鑑賞することが出来るというシステムなのだ。
二人分のポイントが貯まったので、上映中の「男たちの大和/YAMATO」を見てきた。
封切りされてしばらく経つ映画だが、館内は結構な人出で、上映を待つ人達の年齢分布も幅広くて、この映画の興行収入が順調に伸びていることを感じさせる。
なんでも1月8日現在、200万人の観客動員と25億円の興行収入を突破し、東映系の作品では「鉄道員(ぽっぽや)」「北の零年」を抜き、史上最速の記録を更新中らしい。
内容に関しては、戦艦大和を中心とし、戦争の悲惨さや、時代背景、乗務員とその周囲の人々の心模様などを描き出している。
特に戦闘シーンは、広島県呉市に製作したという実物大の戦艦大和のセットで撮影したことが知られている。
ちゃちなセットで撮影した物ではなく、質感溢れるセットでの撮影は迫力、情景共に文句はない。
その戦闘シーンを見て太平洋戦争当時の戦闘のアナログさに驚いた。
敵機確認は目視。艦砲、機銃の弾薬装填は完全手動、照準は概ね感覚による。
などなど、リアルさよりそちらの方に驚きを奪われてしまった。
戦艦大和が最後になるであろう出航を迎える時を中心とした、周囲の人々との心模様の描出場面では、館内からすすり泣きが聞こえてくる。
親子、夫婦、恋人たち・・・それぞれの別れの場面は、この映画の見せ場かも知れない。
観客がそれぞれ自分の環境に近い場面に共感を抱き、涙をにじませた事と思う。
エンドロールと共に流れる「♪Close your eyes〜」という長渕剛の唄う主題歌が終わるまで、席を立つ人がいなかったことでも感動を受けた人の多さを感じることが出来た。
と、ヨイショばかりでは「ごまめのはぎしり」らしくない。
確かにこの映画は、迫力があって感動的、そして戦争に対するメッセージ性も多分に含んでいる。
でも、その全てが驚きに値するかというかといえばそうではなく、中途半端な感じはぬぐえない。
いってみれば欲張りな映画なのだ。
それらのどこかに焦点を当てればもっとスゴイ映画が出来たかと思うが、実はそうじゃなくて欲張りな映画だからこそ、過去の実績を追い抜くような興行成績を上げることが出来たのだろう。
まあ、映画とはそういったもので、なにがしかの興奮、なにがしかの感動が見る人に与えられれば合格点なのだから、この映画はいい映画といってもいいんじゃないかな。
| Permalink
|
| TrackBack (0)
September 22, 2005
9月17日封切りの映画SHINOBIを見てきた。
鑑賞当日は前夜の睡眠時間約2時間で、最後まで鑑賞に堪えることができるか心配だったが、なんとオープニングクレジット直後の導入部分で眼がパッチリ。
確かにオープニングクレジットはウツラウツラとした状態で見ていたが、始まるなり甲賀弦之介(オダギリジョー)と朧(仲間由紀恵)が出会う滝壺のシーンで、渓魚(「伊賀・鍔隠れ」だからアマゴかな?)が跳ねるシーンが画面いっぱいに映し出されたからだ。
それ以外にも、全編にわたり正しい「日本の自然」といえるようなシーンが登場する。
物語はわかりやすいストーリーで進められており「展開理解力」のやや足りないカミさんからも鑑賞中の質問というものもなく、非常に結構。
しかし、朧(仲間由紀恵)はいいね。
彼女のメヂカラは「破幻の瞳」を武器とする朧役にピッタリ。
最近の映画の常として、ワイヤーアクションやらCGを使ったシーンもそれほど無理がなく、アクションシーンもそれなりに見応えがあるものだった。
まあ、映画だから決まった時間内に物語を完結する必要があり、無理のある展開や説明不足の部分はしょうがない。
本屋に行って山田風太郎原作の小説「甲賀忍法帖」でも買ってきて読もうと思わせる映画だった。
| Permalink
|
| TrackBack (0)
July 30, 2005
今日封切りの「亡国のイージス」を見てきた。
やや難解といえば難解。
重いと言えば重い。
映画が終わった時には内容が理解できているのだが、見ている最中は、人と人の相関などを考えつつ、映像を追わなければならない。
したがって、見てれば楽しいという「娯楽映画」ではない。
邦画としてみれば、映像から受ける迫力、リアルさは秀逸だと思うし、それなりに評価できる。
ただ、ストーリー展開に無理な部分があり、見終わってからでも「???」という部分が、もちろんある。
しかし、それを含めても、良くできた映画だと思う。
「ローレライ」「戦国自衛隊」「亡国のイージス」と福井春敏の原作三部作を見てきたわけだが、映画の豪華さでは、一番。
配役、ロケーションともに素晴らしいし、文句を付ける場所はない・・・のだが、手放しで「ブラボー!」でもないというのが、正直な感想。
それはなぜだろうと考えると、勝地 涼の演じる、如月 行(いそかぜ1等海士)のバックグラウンドが、描かれていないからでは・・・と思い当たる。
そこらあたりは「亡国のイージス・アナザーストーリー」として、8月7日までインターネットストリーミング放送を実施しているので、それを聞いてから映画を見るといいかもしれない。
| Permalink
|
| TrackBack (3)
July 16, 2005
いやぁ、迫力ありました。
侵略する宇宙人の乗る「トライポット」登場のシーンは、圧巻。
数分間は息もつかせぬ・・・という形容がズッポリ当てはまる大迫力、大音響でした。
あのシーンを見ただけで、モトは取れたかなって気がしないでもない。
その後は、逃げまどう人々を中心にした人間模様とトム・クルーズ演じるレイの家族愛を中心に物語が進みます。
上演から少しだけ時間が経っていたので、他のブログで感想などを読む機会がありましたが、総じて評価が低く、少しだけ心配していましたが、なんのなんの、楽しめました。
| Permalink
|
| TrackBack (0)
June 16, 2005
6月11日に公開された「戦国自衛隊 1549」を見てきた。
某TV局で、主演の江口洋介が「スゴイ迫力!!」と言っていたのを聞いたということもあるのだが、オレ的には原作の故半村良の作品が比較的好きだということもある。
イーデス・ハンソンからペンネームを頂戴したという半村良のユーモアとSF感覚は捨てがたいものがあったが、先年逝去してしまったのが、残念。
さて、今回の「戦国自衛隊 1549」だが、ロケはほとんどが、自衛隊の富士演習場で、実際のヘリコプターや装甲車を使用するという「自衛隊全面協力」で行われたということだ。
「そりゃ〜、迫力あるわな・・・」
目前で本物が動くのだから、それ以上の迫力はあるまい。
だけどそれが映画館の観客に伝わるかどうかは、別問題。
残念ながら、それほどの迫力ではなかった・・・というのが素直な感想だ。
しかし、映画は楽しめた。
主役の鹿島勇祐(江口洋介)より飯沼七兵衛(北村一輝)のほうが、かっこよかったな。
昔の武士が持つ信念なんかが、よく現されていた。
気になったのは、鹿島勇祐(江口洋介)の元上司である的場毅(加賀丈史)の部下で与田2尉ってのがいるんだけど、これを演じるのが的場浩司。
劇中で「的場さん!」なんてセリフがあった時には、こんがらがりそうになってしまう。
役者も「的場さん!」で、与田2尉が「はいっ!」なんてNGを出したりしてたりして・・・なんてないだろうな。
| Permalink
|
| TrackBack (2)
May 07, 2005
ここのところ映画づいている。
ということで、今日は本日封切りの「交渉人 真下正義」。
TVや映画で大ヒットの「踊る大捜査線」のサイドストーリーであることはCMなどで周知されている。
物語は、ロサンゼルス市警でFBI訓練プログラムを受け、警視庁初の交渉人となった真下正義警視が「レインボーブリッジを封鎖・・・」後1年たったところからはじまる。
あらすじはさておき、映画を見ての感想としては「真下は真下・・・」かな。
頼りなさげなキャリア警察官はそのまま。
どちらかというと、木島(寺島進)や片岡(國村隼)ら助演者の演技によって成り立っているという感じ。
あいかわらず日本映画としては大がかりなロケーションで撮り進められたりしていて、それなりに楽しめる娯楽映画だと思う。
| Permalink
|
| TrackBack (0)
May 04, 2005
今日は「MASK2」を見た。
前作の「MASK」は強烈な面白さで、その続編ということで、期待して出かけたのだが、それほどでもなかった。
まるで、バットマンとトム&ジェリーをごちゃまぜにして、そして少しだけエクソシストを足した・・・と言えばいいのだろうか。
前作ではジム・グリーンがやや下品ながらダンディーなMASKを演じていたのだが、今回のMASKはダンディーさに欠け、登場時間も短く、慌ただしさだけが残る印象を受けた。
帰り道では、クルクル回りつつ走るという、年寄りにはつらいパフォーマンスをせずに助かったのが救いか。
| Permalink
|
| TrackBack (0)
May 03, 2005
今日は「Shall we Dance?」を見てきた。
ゴールデンウイークとあって、かつて見たことがないほど映画館は混んでいた。
TVなどでは「海外に出かける人数は過去最高」などと、国民がみんな海外脱出・・・みたいな感じでとりあげているが、現実は近場で娯楽を楽しむ人の方が圧倒的に多いのだよな・・・などと、妙に納得して安心する。
映画は1996年に日本で上映された「Shall we ダンス?」のハリウッドリメイク版。
内容は日本版の原作に忠実に作られていて、比較してみることができた。
ワシ的には、竹中直人のワザとらしい大げさな演技が嫌いなので、ハリウッド版のほうが素直に見ることが出来た。
映画が終わって、ぞろぞろと出口から出てくる人達を見ていると、こころなしか背筋が伸びているような気がして面白かった。
という本人が、一番背筋を伸ばして、足を「ピッ!ピッ!」と振って歩いていたのだが・・・。
さて、明日は「MASK2」を見る予定。
どんな足取りで、映画館から出てくるのか?
| Permalink
|
| TrackBack (1)
March 01, 2005
昨日、第77回アカデミー賞の発表があった。
注目の主演男優賞は「Ray/レイ」で、昨年亡くなったソウル歌手レイ・チャールズを熱演したジェイミー・フォックスが決まり、オスカーを手にした。
今回のジェイミー・フォックスの演技は、熱演などという言葉を通り越し「のりうつった」という表現がピッタリ。
まるでレイ・チャールズのビデオを見てるかと錯覚するほどの演技だった。
これに比べると、同じ実在のハワード・ヒューズという人物を演じたレオナルド・ディカプリオは、好演ながらまたもオスカーを手にすることが出来なかった。
レオナルド・ディカプリオはタイタニックのときにアカデミー賞が受賞できなかったのがケチのつきはじめか、ノミネートはされるものの受賞までには至らない。
しかし、今回は・・・という思いがあったのだろうが、相手が憑依されたジェイミー・フォックスではねぇ~。
| Permalink
|
| TrackBack (3)
February 16, 2005
マットデイモン主演のボーン・スプレマシーという映画を見てきた。
マット・デイモンといえば、’97年のグッド・ウィル・ハンティング/旅立ち、’98年のプライベートライアンの出演で若々しさあふれる演技をしてくれた。
今回はぬれぎぬを着せられたCIAエージェントの役を演じ、カミさんからは「かっこいい!」とベタほめの言葉が出た。
この映画ではプライベートライアンの時の少し子供っぽい表情はなくなり、スゴ腕のCIAエージェントを冷静な表情で演じていた。
しかし、アメリカをはじめ世界各国の諜報部門では自国の利権のため世界中を暗躍しているような印象を受ける。
ふりかえって日本はどうだ!となると「こんなんで大丈夫なの?」と素人ながら感じてしまうほど。
外交は弱腰、駆け引きはヘタ。
聞くところによれば、日本はスパイ天国らしいし・・・
日本の情報はダラダラ流出するばかりで、入ってくるネタはガセばかりという状況なのだろうか。
それに、国内では国のために働くとされる国会議員や公務員は、自分のためにばかり働いているようだし。
基本的に国会議員や公務員なんちゅうもんは、無給でも国のために働きたいという人間にやってほしいもんだ。
しかし、そうするとなり手がなくなってしまうのだろうなぁ〜。
| Permalink
|
| TrackBack (3)