日本代表に必要なモノ(コト)

先日のワールドカップ・アジア最終予選のウズベキスタン戦を見ながら、審判の中立性にも腹を立てていたが、それより強く思ったことがある。
それは、ファールの感覚だ。
先日見たバルセロナ対マンチェスター・ユナイテッドのUEFAチャンピオンズリーグの世界最高峰と言っても良い試合と比べたとき。アジアの審判は笛を吹きすぎる。
ちょっとした接触プレーでもファールを取り、「審判の権威」を見せびらかすごとく試合を中断させていることが多い気がする。 これはワールドカップの予選だろうが、Jリーグだろうが同じで、とにかくアジアの地域で行われるサッカーの試合全般に言えることだ。
これに比べると、世界基準と言われるヨーロッパや南米の試合では、ファールによる試合の停滞はかなり少なく、見ていてもリズム感がある。
これはどこに原因があるかと考えると、ヨーロッパや南米では、そもそもサッカーとは肉弾戦の要素が多大な割合を占めており、故意に犯した危険な行為に対してファールが与えられるという前提があるためだと考えられる。
しょうもない接触プレーに対していちいちファールを出している場面など見たことがない。
おのずと選手達も、それが基準となりある程度の激しさのボディーコンタクトは当たり前となる。
ここで、日本代表の話に戻る。
もちろん、わが日本代表はアジア地域で試合することが最も多く、それが選手達の身にしみた基準となっている。 その日本代表が狙うは「ワールドカップに出場してベスト4」らしいが、アジアの基準が身に染みた選手達が世界基準のワールドカップの中で、ベスト4というのは、イササカ無理があるのではないのか。
実のところ決勝トーナメントに進めるかどうかもアヤシイ。
決勝トーナメントに出られれば◎。 予選リーグで1勝出来れば○といったところではないのか。
組み合わせ(運)次第であるが、2分け1敗や1分け2敗が無難な予想だったりする。
もちろん3連敗だってあり得る(決勝トーナメントに出られるより高確率かもしれない)。
その目標を達成するには、何が必要かという話が本題である。
2006年のドイツワールドカップの直前、群がる報道陣を前に中田英寿が言ったコトバが本質を得ているかも知れない。
「システムなんか関係ない、1対1で負けなければいい」
要は、肉弾戦に勝利しろってことだ。
今回のワールドカップ予選の際に、中村俊輔の語った話も同義かも知れない。
2001年3月フランス代表と試合をして5-0と惨敗した試合を例に出し
「ホントに強いチームと試合をして、その惨敗から何かを掴まなければならない」
世界のサッカーを身をもって経験したこの二人の言葉は重いと思う。
要は、世界基準を知らなければならないということだ。
それが、アジアの、それもFIFAランク下位のチーム相手にあの苦戦。
いくらアウェーで、おかしな判定があったとしても、ワールドカップでベスト4を狙うチームなら味方ゴールキーパーに仕事をさせないような試合が出来なければならない。
そこで、必要になってくるのが、アウェー(これが重要)で、世界のトップクラスと試合をするということ。 本気で相手にしてもらえるとは思えないが、キリンカップなどというお遊びの試合よりナンボが身になるだろう。
キリンカップなどという大会は、招待された外国チームのための大会だ。
外国チームが、若手にアウェーの経験を積ませるためには格好の舞台ではないか。
そこで、優勝したとか何連覇とか、ちゃんちゃらおかしい。
下手をすると、若手が「オレ達は強いノダ」と勘違いする危険性すら含んでいる。
とにかく世界に出て、本当の肉弾戦、本当のアウェーを経験し、それを何度も積み重ねることで、ワールドカップでベスト4などという目標を口にできるのだ。
現在それを口にする監督も選手も、自身を鼓舞するために言っているのだろうが、恥ずかしくないんだろうか・・・と、真剣に思う。
もちろん、それらの経験も年に何回といったような、随時なものでなく、その中に身を置くという形態の方が望ましいことは言うまでもない。
したがって、今、臆面もなく口にしているベスト4が真実味をおびるのは、スターティングメンバー11人が、俗に言う「海外組」になったときなんじゃないだろうか。
まあ、これはオッサンの「ごまめのはぎしり」的発言で、無責任なるが故に書き殴ることの出来る内容だ。
現実を直視しようではないか。
がんばれ、日本代表。
応援しているゾ。










